手が動いている8時間。
頭だけが、ブログを書いていました。
工場の仕事があります。
手を動かし続ける8時間です。
通勤電車の往復60分。
機械の前に立つ8時間。
昼休みのうち飯を食いながらの15分。
そのどこかで、私はずっとブログのことを考えていました。
「時間がない」と言い続けてきた私が、
実は1日に何時間も“考える時間”を持っていた。
それに気づいたのは、AIと話すようになってからです。
「時間がない」は、本当か
ブログを始めようとしたとき、
最初に出てきた言葉があります。
「時間がない。」
正直に言えば、これは半分本当です。
帰宅すれば19時。
子どもの寝かしつけが終われば21時。
そこから書ける時間は、1日1〜2時間あるかないか。
でも最近、こう考えるようになりました。
「書く時間がない」と
「考える時間がない」は、別の話です。
工場の作業中、手は一定のリズムで動き続けます。
その間、頭は意外なほど自由です。
単純な繰り返しの中で、思考は研がれます。
雑音が消え、一つのことを考え続けられる。
だから私は、工場の8時間を
“考える時間”として使うようになりました。
手が動いている間、頭の中で原稿を書く
具体的にやっていることは、シンプルです。
朝の通勤電車30分:
次に書く記事のテーマを一つだけ決める。
午前の作業中:
書き出しの一文だけを考える。
昼休みのうちの15分:
スマホのメモに、思いついた言葉を3行だけ打つ。
帰りの電車30分:
締めの一行を考える。
これだけです。
パソコンを開くのは、帰宅後の1〜2時間だけ。
しかし、その時点で書く内容は、ほぼ頭の中にあります。
家に帰るまでの時間が、すでに下書きになっている。
「書く時間がない」のではありませんでした。
「考える時間」を、使っていなかっただけでした。
AIは「頭だけの作業」を完成させる砥石だった
帰宅後の1時間、私はAIに話しかけるように書きます。
「今日こんなことを考えていた」
「この書き出し、どう思う?」
「この考えは、自分の言葉になっているか?」
AIは、答えを与えてくれる存在ではありません。
ただ、頭の中でぼんやりしていたものを、
言葉の形に削り出してくれる。
私にとってAIは、砥石です。
思考を磨くための道具。
8時間かけて温めた考えを、
1〜2時間でAIと一緒に言葉にする。
これが、今の私のブログの作り方です。
「AIで時短」とよく言われます。
でも私にとってAIは、速くする道具ではありません。
深くするための道具です。
制約は言い訳じゃない。種言の土壌だった
「時間がない」
「スキルがない」
「特別な経験もない」
これを言い訳だと気づいたとき、
何かが静かに変わりました。
時間がないから、1行に全力を込める。
スキルがないから、体験だけを書く。
特別な経験がないから、「普通の40代の本音」が書ける。
制約は、言い訳ではありませんでした。
制約そのものが、文章を研いでいました。
私の中には、「種言(タネゲン)」という感覚があります。
うまく定義はできません。
ただ、ぬるま湯の中では育たないものだと思っています。
工場で手を動かし続ける8時間。
その積み重ねが、私の中に何かを残していく。
それが記事になる。
それがブログになる。
それが、私の言葉の資産になる。
あなたにも「頭だけ動かせる時間」がある
工場でなくても構いません。
通勤の30分。
昼休みの15分。
子どもが昼寝している15分。
「書く時間」は作れなくても、
「考える時間」は、すでにそこにあります。
AIがあれば、
その考えを形にする1時間は、驚くほど短くなります。
私は今日も、
手を動かしながら、頭の中だけでこの記事を書いていました。
あなたの制約は、何ですか。
その制約の中に、
まだ使われていない時間が眠っていませんか。
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