40代になって分かった。「安定が向いていない人間」の特徴

砥石

1. 牙を剥きたくなるほどの「緩さ」

今の会社には、二種類の人間がいます。
必死に泥を被り、前に進もうとする一握り。
その横で、ぬるま湯に浸かり続けるその他大勢。

少なくとも、私の目にはそう映っています。

私は、後者にはなれませんでした。
なろうとした時期はあります。
空気を読み、流し、波風を立てない努力もしました。

それでも無理でした。

「まあ、そんなものだ」と飲み込むたびに、
自分の中で何かが鈍っていく感覚があったからです。

この緩さ。
私にとっては、牙を抜かれる感覚でした。


2. 皺寄せの終着駅に立って

仕事の一次側、いわゆる上流は、常に曖昧です。
具体性を欠いた指示が、軽い調子で投げられてきます。

そのツケは、必ず末端に回ってきます。
そして、その終着駅に立っているのが、だいたいいつも私たちです。

必死に食い止め、現実に落とし込み、形にする。
炎上を防ぎ、責任を引き受ける。

しかし、その熱量は、
組織の「緩い雰囲気」に吸収され、なかったことにされます。

評価されないことが問題なのではありません。
この曖昧さが放置され続ける構造そのものが、耐えがたいのです。

ここに長く身を置くと、感覚が鈍ります。
何に違和感を覚え、何を大事にしていたのかが、分からなくなる。

これが、私にとっての「ぬるま湯」です。


3. 300万の損失より、「無感」でいることが怖い

300万円を失ったのは、3年以上前の話です。
人生で最も高い授業料でした。

あの時は、はっきりしていました。
自分の判断、自分の責任、自分の失敗。

痛みはありましたが、手応えもありました。
少なくとも、生きている実感がありました。

一方で、今の「なんとなく」進んでいく日々。
必死にやっても、やらなくても、結果は大きく変わらない。

この空気の中にいると、
自分の感覚が、静かに麻痺していきます。

「まあ、いいか」
その一言が、思考停止の毒になります。

私は、損失よりも、
この無感でいる状態が怖いのです。


4. 40代、私は「摩擦」の中に生きます

「適当に流せばいいんだよ」
そう言える人間を、羨ましく思ったことはあります。

しかし、私は無理でした。

具体性を欠く仕事に違和感を覚え、
皺寄せを当然のように受け取る流れに抗い、
自分の足で立ちたいと思ってしまいます。

40代。本厄。
もう、自分を騙して、ぬるま湯に浸かるのはやめます。

私はこれから、
具体的に、必死に、自分の言葉を研ぎます。

摩擦のある場所で生きる。
平穏ではなく、納得を選ぶ。

それが、私の人生後半戦です。

関連記事:【代償】300万の損失が教えてくれたこと

100万売っても、10万しか残らない現実。あの時、私は間違いなく「生きて」いた。安全圏から一歩踏み出す覚悟を、ここに記録しておきます。

■運営者プロフィール
40代会社員。家族構成:妻、子供1人、犬1匹。 将来への不安を抱えながらも、 仕事・家族・お金・生き方を見直すためにこのブログを運営しています。 同じように立ち止まっている人のヒントになれば嬉しいです。
■ 運営者プロフィール
40代会社員。家族構成:妻、子供1人、犬1匹。 将来への不安を抱えながらも、 仕事・家族・お金・生き方を見直すためにこのブログを運営しています。 同じように立ち止まっている人のヒントになれば嬉しいです。

あわせて読みたい

▶ 思想の原点を知りたい方はこちら なぜこのブログを書いているのか

▶ 私の挫折と再出発の記録 種銭300万を溶かして気づいたこと

砥石

コメント