33歳の夏、私は物販を始めた。
理由は「差額が利益」という、シンプルな構造に惹かれたからだ。仕入れ値と売値の間に差をつくる。それだけ。複雑な専門知識もいらない、資格もいらない、年齢も関係ない。勤めている会社に搾取されている感覚がずっとあった30過ぎの自分には、その単純さが希望に見えた。
3年後、300万円が消えていた。
毎晩スプレッドシートを更新していた
物販の3年間、私はかなり真剣にやっていた。少なくとも、自分ではそう思っていた。
毎晩、スプレッドシートを開く。商品名、仕入れ値、競合価格、利益率。リサーチした時間、出品した数、在庫の状況。更新するたびに「前進した」という感覚があった。ちゃんとやっている、という感覚。
でも「今日、何を捨てたか」の列は、一行もなかった。
追加し続けていた。絞り込んでいなかった。「可能性がある商品」が増え続け、どれも深くならなかった。家電もアパレルもおもちゃも、全部「まだ可能性がある」のまま終わった。
何を調べていたのか
問題は、情報収集の量じゃなかった。
3年間、私が集めていた情報は「どの商品が売れるか」だった。売れ筋ランキング、競合出品者の価格、季節需要の変動。毎週調べていた。データは増えた。「正解の商品」は見つからなかった。
今になって思う。「どの商品が売れるか」というのは、問いとして正しかったのか。
売れる商品を探すことと、「自分がこの商品を選ぶとき、何を捨てているか」を考えることは、全く別の行為だ。前者はどこまで調べても終わらない。市場が変わるから、正解が変わるから。後者は、自分が決断する瞬間にしか答えが出ない。
3年間、前者だけをやっていた。
不安から動いていた、ということ
物販を始めた動機を、正直に言う。
「稼ぎたい」というより、「このままでは終わりたくない」だった。40代が見えてきた頃、会社にしか依存していない自分の構造が怖かった。副業で何かを作らないと、という切迫感。行動しないことへの恐怖。
不安から動く人間は、勢いがある。行動量が多い。でも不安を動機にした行動には、目的地がない。成功したい場所ではなく、失敗しない方法を探し続ける。
「どうすれば損を出さないか」という問いと、「どこに向かっているか」という問いは、形が似ているが中身が全然違う。私は前者だけを3年抱えていた。
やめてから気づいたこと
物販をやめたのは39歳だった。
最終的な損失を確定した日、不思議なことに安堵があった。終わった、という感覚。続けている限り「まだ途中」でいられたが、やめた瞬間に「あれは失敗だった」が固定される。その固定を、長い間恐れていた。
やめてから1年ほどして、ある言葉に出会った。
「問いを持たない情報収集は娯楽だ」
その言葉を読んだとき、3年間の自分の行動が一つの映像のように浮かんだ。毎晩スプレッドシートを更新していた自分。リサーチしていた自分。データを積み上げていた自分。
それは情報収集ではなく、娯楽だったのか。
娯楽だとは思わない。必死だった。でも問いを持っていなかった、ということは事実だと思う。「何のために」が曖昧なまま、「どうやって」だけを3年繰り返した。
今の自分に引き継いだもの
失って残ったのは、失敗談だ。
「目的地のない動き」という感覚を、私は体で知っている。どれだけ頑張っていても、問いが間違っていれば目的地に着かない。その感触は、300万円で買った経験だと今は思っている。
ブログを始めてから、一つだけ気をつけていることがある。「何を書くか」より先に「なぜこれを書くのか」を問うこと。面倒な手順だと思うこともある。でもそれをやめると、また同じ場所に戻る気がして、やめられない。
問いが先、答えは後。
順番を間違えると、3年くらい平気でかかる。少なくとも私はそうだった。
まとめ
300万円を失った理由は、能力でも努力でも運でもなかった。
問いが間違っていた。ただ、それだけだった。
「正解の商品を探す」という問いを3年抱えたまま動き続けた。正解はなかったのかもしれない。あるいはあったが、そのたどり着き方ではどこにも行けなかったのかもしれない。
どちらにせよ、問いを疑うことが、いちばん難しかった。
問いが間違っているとき、答えを探しても意味がない。でも問いを疑うためには、一度立ち止まらなければならない。立ち止まることが、「諦め」に見えて怖かった。
その怖さに負けて、3年動き続けた。
今も、自分の問いが正しいかどうか、わからないまま書いている。
ただ、問いを疑うことをやめない、とだけ決めている。

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