40代になって、優先順位が逆転しました。 以前の私なら、迷わず「金」でした。稼ぎ方、増やし方、守り方。お金のことばかり考えていました。でも今は違います。先に積み上げるのは「言葉」です。
なぜそうなったのか。正直言うと、まだ自分でも完全には整理できていません。ただ、この選択が間違っていないという確信だけがあります。
300万を失って、わかったこと
私は、300万円を失いました。 副業で物販に手を出して、在庫を抱えて、結局すべてを溶かしました。「簡単に稼げる」という甘い言葉を信じた自分が情けないです。今でもあの時の判断を思い出すと、胸が締め付けられます。
あの失敗が教えてくれたのは、お金は思っていたよりもずっと「儚い」という事実です。 必死で貯めた300万が、数ヶ月で消えました。努力や根性では守れませんでした。運、タイミング、そして**誰かが仕掛けた「儲け話」のカラクリ。**自分がコントロールできない要素が多すぎたのです。
一方で、あの失敗の経験そのものは、今も私の中に残っています。言葉にして、記録して、思考を整理しました。その「言葉」は、300万と違って、誰にも奪われません。
お金は減るが、言葉は残る
お金は使えば減ります。投資すれば増えるかもしれませんが、一瞬で失うリスクも常に隣り合わせです。 でも、言葉は違います。 書いた言葉は、そこに残ります。思考を言語化したものは、自分の中に蓄積されます。そしてその言葉は、いつか誰かの役に立つかもしれません。少なくとも、15年後の息子には届きます。 だから今、私はお金よりも先に「言葉」を積み上げています。
「金を稼いでから書く」の順序が違った
以前の私は、こう考えていました。 「まず金を稼ぐ。余裕ができたら、その後で書きたいことを書く」 でも、それは間違いでした。少なくとも、私には合いませんでした。
金を稼ぐことに集中しすぎると、言葉が死んでしまうのです。 稼ぐための言葉は、本音ではありません。ターゲットの悩みを探り、解決策を提示し、成約に繋げる。それは論理的には正解でも、私の心には一滴の血も通っていませんでした。誰かを動かすための「弾丸」のような言葉を打つことに、私は疲れてしまったのです。
それを続けていると、自分の本当の言葉が見つからなくなります。自分が何を考え、何を感じているのかさえ、わからなくなってしまうのです。
言葉が先、金が後
だから、順序を逆にしました。 まず、言葉を積み上げます。自分の思考を、丁寧に言語化します。内側にある本音を、正直に書きます。その結果、お金になるかどうかは、後で考えればいい。
今のところ、ブログでの収益はほとんどありません。でも、それでいいのです。 言葉が先。金が後。 この順序を守ることで、私の言葉は死なずに済みます。
息子に残すのは、金じゃなく言葉
1歳の息子の寝顔を見ながら考えます。 この子に何を残したいか。 お金も大切です。教育資金、生活費、将来への備え。親としてできる限りのことはしたい。 でも、それ以上に残したいものがあります。
父親が、どう考えて、どう生きたかという記録です。 15年後、息子が16歳になった時。父親の書いた言葉を読んで、「ああ、父さんはこんなふうに悩んで、それでも歩いていたんだな」と知ってほしい。それが、私が息子に残せる、一番価値のある資産だと思っています。
金は他人が決める。言葉は自分が決める
お金の価値は、他人が決めます。市場、顧客、社会。自分がどれだけ頑張っても、最終的な価値を決めるのは「外側」です。 でも、言葉は違います。 言葉の価値は、自分が決めます。 誰も読まなくても、価値がある。バズらなくても、意味がある。息子が読んでくれれば、それで十分。
会社の査定や市場の反応といった、他人の物差しで自分の価値を測り続けるゲームから、私は降りました。言葉を書くことは、自分の物差しを自分で作る作業なのです。
言葉が、金を生むかもしれない
誤解のないように言うと、金を諦めたわけではありません。 言葉を積み上げた先に、結果として金がついてくるかもしれません。でも、金が目的になった瞬間、言葉は再び死にます。だから、順序は絶対に変えません。
言葉を積み上げることが、今の自分にとって一番誠実な生き方だからです。 お金を追いかけていた頃、私は自分を見失っていました。でも、言葉を書くようになってから、自分という人間の輪郭が、少しずつはっきりしてきました。
言葉が先。 金は、その後についてくるかもしれないし、来ないかもしれない。 でも、それでいい。 言葉を積み上げることそのものが、私の人生後半戦の目的なのだから。


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