物販で300万溶かした私が、今さら「0円のブログ」に賭ける理由

代償

1. パソコンにへばりついていた、あの5年前

5年前の私は、何かに取り憑かれていました。 仕事に行く前の早朝から、帰宅して寝るまで。 パソコンの画面に映る「利益商品」のリストを、血眼になって追いかける毎日。

「これで人生を逆転できるはずだ」 そう信じて、仕入れの一点にすべてを注ぎ込んでいました。 利益が出る商品さえ見つかれば、この閉塞感から抜け出せる。 その一心で、青白いモニターの光に顔を照らされていたのです。

2. 「人生逆転」という名の自転車操業

しかし、現実は甘くありませんでした。 元手となる種銭がない状態での物販。 資金繰りは常にギリギリ。薄利多売のループに陥り、心はすり減る一方でした。

本当は、もう辞めたかった。 けれど、手元には捌ききれない在庫がある。 仕入れの支払いは、待ってくれない。 辞めたくても降りられない。 典型的な、自転車操業です。

私は、200万円の融資を受けました。 「これで、また戦える」 一瞬の安堵。 ですがそれは、希望ではなく、ただの延命措置でした。

200万円という大金は、在庫の補填と支払いの波に、溶けるように消えていきました。 最後は、火が消えるようにフェードアウト。 手元に残ったのは、300万円という損失と、何ひとつ積み上がらなかった虚無感だけでした。

この「フェードアウト」の中に、はっきり区切りになった一日があります。

在庫が減ったからでも、支払いが終わったからでもありません。手が止まって、続けるのは無理だと認めた日です。その日のことだけを書いた記事があります。

→ 300万円を失った日、私は「安全圏」の外に立っていました

3. 「モノ」から「言葉」へ。なぜ今、ブログなのか

では、なぜ。 あれほど必死だった男が、今さら地味なブログを始めたのか。 理由は、はっきりしています。

物販は、「お金」を仕入れなければ一円も生まない。 お金が尽きた瞬間、挑戦そのものが強制終了させられます。

でも、書くことは違う。 仕入れの種銭はいらない。 必要なのは、自分の思考を掘り下げる時間と、覚悟だけです。

300万円を失って、ようやく分かりました。 「手っ取り早い正解」や「お金で解決する近道」は、結局、自分の中に何も残してくれない。

一行書くごとに、思考が結晶化していく。 在庫ではなく、自分自身が積み上がっていく。 それが今の私にとって、唯一、信用できる「再挑戦」の形でした。

4. 40代、本当の逆襲

融資を受けてまで守ろうとした在庫は、もうありません。 今、手元にあるのは、あの苦い敗北の記憶と、自分を言語化しようとする意志だけです。

0円から始める。 誰にも借りを作らず、自分の言葉だけで、一歩ずつ進む。 近道を探して迷走していた5年前の自分を、今の言葉で、静かに塗り替えていく。

これこそが、40代の私にとっての、本当の逆襲です。

0円のほうを選べるようになったのは、300万を払ったあとでした。

払っている最中の自分が何を考えていたかは、ここには書いていません。
「正解」を探し続けた3年ぶんの思考を、noteに分解して置いています。

30代の俺が物販で300万円溶かした理由は、「正解」を探していたからだった|ヤゴ@LIFE40|300万の失敗からの再起戦略
第1章:物販を始めたあの頃の話 300万円が消えた。 正確には「消えた」というより、「少しずつ薄まっていった」という表現の方が近い。一晩で派手に溶けたわけじゃない。月に数万円、多い月は10万円超。それが3年間続いた結果として、300万という…

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